釧路地方裁判所 平成5年(行ウ)1号 判決
原告
芳賀耕一(X)
右訴訟代理人弁護士
市川守弘
右訴訟復代理人弁護士
今重一
被告
(新得町長) 佐々木忠利(Y)
右訴訟代理人弁護士
山根喬
同
佐々木泉顕
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 本件支出が、新得酒造公社に対する資金援助としてされたものであることは当事者間に争いがないから、本件支出については、地方自治法二三二条の二に規定する公益上の必要性を要することになる。そこで、本件支出の「公益上の必要性」の有無について検討する。
1 新得酒造公社の設立及びその存続自体が収益性を有することについては当事者は特に争わないところ、〔証拠略〕によれば、新得酒造公社の設立及び存続は、新得町及び同町民に対して、直接、間接に次のような利益をもたらしていることが認められる。
(一) 新得酒造公社の従業員は一五人であるが、そのうち一〇名が新得町民であり、町民に稼働場所を提供し、わずかながらでも町民の人口流出を防止する利益をもたらしている。
(二) 同社は、新得町に対し、平成六年度に法人税、固定資産税等として五〇〇万円余りを納付し、町財政の増大に貢献寄与した。
(三) 同社では、新得町でとれたそばを大阪の加工業者がそばグリッツに加工したものを原料としてそば焼酎を生産していることから、同町では、一〇年前に比べるとそばの需要が拡大し、そばの作付面積も二倍以上に増大した。また、第六期(平成四年度)においては、同社の売上原価、一般管理費等が二億円余りとなっており、地元に経済的波及効果をもたらしている。
(四) 同社で製造されたそば焼酎は、「そば焼酎サホロ」の名称で新得町の特産品として、スキー場、温泉などで知られている観光リゾート施設であるサホロリゾート内で土産物として売られ、あるいは、特産品のふるさと小包として全国に売り出されており、それにより、新得町の名物は「そば」、「そば焼酎」であるとのイメージを定着させ、同町の産業、観光の発展に寄与している。
(五) さらに、新得町では、町内の有志により「サホロを育てる会」が結成され、それを主体として同社の製造したそば焼酎を広めるためのイベントが催された。また、町主催のキャンペーンにも「サホロを育てる会」や婦人会の会員がボランティアとして協力するなど、町民の間でもそば焼酎の売上げを伸ばし、地域振興を図ろうとする動きが出てきた。
2 当事者間に争いのない事実及び〔証拠略〕によれば、次の各事実が認められ、原告本人尋問の結果及び甲第三〇号証(陳述書)の記載中、右認定に反する部分は推測にとどまるものであって、前掲各証拠に照らし採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) 新得酒造公社は、設立当初から赤字経営が続き、毎年七〇〇万円ないし八〇〇万円以上の損失が出ており、第五期(平成三年度)には、三億三〇三八万八八三一円の累積赤字があり、同社の振り出した手形が不渡りになる恐れも生じたことから、被告は、同社の利子補給のために補助金の支出を決め、さらに、町議会に一般予算の修正案を提出し、平成四年一二月二一日町議会の議決を経て、本件支出を決定した。なお、本件支出当時の新得町の予算の規模は、一般会計で約八〇億円程度であった。
(二) 本件支出のうち出資金一億七八六〇万円は、平成四年一二月三一日北海道銀行に対する長期借入金の返済として五六五〇万円、短期借入金の返済として一億一三〇〇万円が使用された。また、右同日、同銀行の当座預金に三八七万四九二七円、北洋銀行清水支店の当座預金に三一八万〇二四八円、帯広信用金庫新得支店の当座預金に一七六万七六五二円が振り込まれ、いずれも手形の決済資金に使用された。その結果、新得酒造公社は手形の不渡りを出すことはなかった。
(三) 本件支出がなされた当時、新得酒造公社が所有していた建物には、帯広信用金庫を権利者とする極度額六一〇〇万円の根抵当権が設定され、右建物及び同社所有の土地には、北洋銀行を権利者とする極度額三〇〇〇万円の根抵当権及び北海道銀行を権利者とする極度額二億円の根抵当権が設定されていた。
(四) 雲海酒造から新得酒造公社に派遣され、昭和六三年五月から平成四年九月まで同社の取締役に就任していた藤野は、平成二年一〇月からは、同社の三人の代表取締役の一人でもあったが、右(三)の各根抵当権は、藤野が他の取締役に無断で同社の資金を捻出するために設定したものである。
(五) また、藤野は、第三期(平成元年度)、第四期(平成二年度)、第五期(平成三年度)の決算書について、新得酒造公社の赤字を隠すために売上高を水増しし、経費である人件費、販売増進費、広告宣伝費、接待交際費等を少なめに記載するという改ざんを行い、町議会及び同社の取締役会には改ざんした決算書を提出していた。被告は、右の決算書が改ざんされたものであるとは知らずに、その都度、町議会に右改ざんされた決算書を提出していた。しかし、税務署には右改ざんされた決算書でなく、改ざん部分を適正に修正した決算書が提出されていた。
(六) その後、平成四年六月に行われた監査役による監査により、右の改ざんが発覚したため、同年九月二四日に町議会の議員協議会が開かれ、決算書の修正内容、新得酒造公社の支援策、経営改善計画及び収益計画について検討が行われた結果、議長及び副議長ら七名を構成員とする議員協議会小委員会を設置することが決定された。そして、同年一〇月五日、同月二六日、同年一一月四日の三回にわたって右議員協議会小委員会が開催され、新得町からは田中喜久雄助役、川久保功収入役及び佐藤隆明商工観光課長も出席し、資金計画表、経営改善計画書等を参考資料として同社の存続を支援する方向での議論が行われた結果、同社に対する支援策がまとめられた。そして、同年一一月一二日に開催された議員協議会において右小委員会のまとめた支援策についての説明、検討が行われたが、右議会に提出された経営改善計画書の「効果」欄には、「第九期(平成七年度)で黒字経営に転換目標(減価償却費を除外)」との記載がされていた。
(七) 被告は、右議員協議会小委員会等での検討結果を踏まえて、平成四年一二月一五日、町議会に対し、既に提出ずみの第三期(平成元年度)から第五期(平成三年度)の決算書の内容には一部誤りがあったとして、修正された決算書、収益計画表等の書類を提出した。この修正された決算書には、減価償却費は計上されておらず、収益計画表では、第六期(平成四年度)から第一一期(平成九年度)までの毎期に新得町が四四五五万四〇〇〇円宛の補助金を支出することが前提とされており、焼酎の生産数量も第八期(平成六年度)からは三〇〇キロリットルを超えることが前提とされていた。さらに、売上高についても、右第六期は一億五四六〇万円、それに次ぐ第七期は一億九四二〇万円といずれも高い目標額を掲げており、第八期以降経常利益が黒字になるとの計画であった。なお、実際には、右目標額には達しなかったものの、第七期においては、過去最高の一億四八五〇万円余りの売上げを記録した。
(八) 右収益計画表が町議会に提出された当時には、新得酒造公社は製造数量三〇〇キロリットル未満の製造免許しか取得しておらず、平成元年、平成三年における国税局との交渉結果においても、将来的に必ず三〇〇キロリットル以上の製造免許が取れるとは言い難い状況であった。しかし、被告は同社の設備としては既に三〇〇キロリットルを超える生産が可能であると考えており、平成元年六月には国税局の担当者から三〇〇キロリットルの生産についての内諾を得ていたこと、同社の再建にあたっては、生産量を延ばす必要性が高かったことから、右第八期からは三〇〇キロリットルを超える生産量があることを前提に右収益計画表を作成した。
(九) 平成四年一二月一九日に開催された町議会における一般質問の質疑の際、吉川幸一議員及び佐藤徳治議員から、新得酒造公社の経営問題についての質問が行われ、被告は、新得町長として、次のような答弁をした。
(1) 第五期(平成三年度)における決算では、借入金の当期末残高は八億一四五六万五〇〇〇円となっており、このような多額の債務を負った理由としては、<1>創業時の設備投資額に対して自己資本が不足していたために借入金が過大となり、それにより金利負担が増大したこと、<2>製造数量の制約により積極的な販売拡大に制限があったこと、<3>適切な経営者が得られなかったことがあげられる。
(2) 第三期(平成元年度)から右第五期(平成三年度)までの改ざんされた決算書は、税務署には提出されておらず、その後、町議会に修正された決算書が提出されたことにより新得町の財政には影響がなかった。
(3) 右修正された決算書には、減価償却費が計上されていなかったが、これは、税法上も問題がないと解釈していたことからあえて計上しなかったものであり、新得酒造公社の今後の経営状況を見て赤字が縮まった段階で減価償却を行うことを考えたい。
(4) 今後は、新得酒造公社の経営が安定するように指導し、健全な経営が図られるように努力するのが被告らの責任と考えており、そのためには、監査を充実し、同社との意思疎通を図ることを心がけて、売上努力、経費削減を目指す。
(一〇) また、平成四年一二月二一日に開催された町議会の一般会計補正予算についての質疑応答の際にも、佐藤徳治議員から新得酒造公社の再建について再度質問が行われ、それに対し、佐藤隆明商工観光課長は、右被告の答弁と同様の答弁を繰り返した。
(一一) 新得町は、平成九年四月に新得酒造公社の株式をすべて雲海酒造に譲渡し、同社の経営から撤退した。
二 右認定事実によれば、本件支出による出資金の一部が、取締役会に諮ることなく藤野が行った借入によって発生した債務の弁済に支出されたことが推認でき、右借入については当時新得酒造公社の取締役であった被告らに監督上の責任問題が生じる余地があったといえる。
しかしながら、本件支出は、町議会における議決を経て実行されたものであり、右時点では、決算書の改ざん等の事実が既に判明していたことに加え、前記認定の右改ざん等が判明した後の対応等を考慮すれば、未だ、原告の主張するように、本件支出が、専ら、新得酒造公社の倒産を先送りすることにより被告らの責任問題を回避する目的でされたことを推認することはできず、むしろ、本件支出は、その存続が危ぶまれる事態に陥った同社の存続を図る目的でされたものであることが推認できるというべきである。
三 新得酒造公社の存続が一定の公益性を有することは前記認定のとおりであるが、そのことから直ちに同社の存続を図る目的でされた本件支出に公益上の必要性があるということはできず、同社の事業の公益性の程度、本件支出による具体的効果や町の財政に及ぼす影響等の諸般の事靖を総合的に考慮して、本件支出による具体的効果を上げることに公益上の必要があったといえるか否かを判断すべきである。もっとも、右のような判断は、諸般の事情を考慮した総合的判断であり、町の将来の展望等の政治的な判断も含まれるところであるから、これを決定すべき町長には一定の行政的裁量があるものと解すべきであり、右裁量権の行使について逸脱ないし濫用があった場合に本件支出が公益上の必要性を欠くものとして違法となるというべきである。
この点につき、原告は、本件支出による支援がされたとしても、新得酒造公社の再建が困難であることは一見して明らかであり、本件支出が同社の再建に何ら資することがない旨主張する。
なるほど、右一2で認定した事実によれば、被告らが提出した資金計画は、減価償却費を計上せずに債務額を押さえ、その上、第六期(平成四年度)から第一一期(平成九年度)までの毎期に新得町が四四五五万四〇〇〇円宛の補助金を支出し、高い売上げを目標とし、さらに、第八期(平成六年度)からは、まだ製造免許を得ていない三〇〇キロリットル以上の生産量を見込んでいるなど、かなり希望的予測に基づく再建計画であったことは否めないし、結果的には、再建は実現できなかったものである。
しかしながら、右一2で認定した事実によれば、将来的に三〇〇キロリットルを超える生産量を確保することは不可能であったとはいえないし、現に、本件支出がなされた後の第七期(平成五年度)には、過去最高の売上げが記録されており、それに新得町等からの財政援助、経費削減の努力を重ねていけば、右収益計画どおりの時期に経常利益が上げられるかどうかはともかく、右計画を前提として将来的に新得酒造公社を再建することが本件支出時点において全く不可能であったとまではいい難く、本件支出による援助により同社の手形の不渡りが回避され、また、ある程度の債務の削減やこれによる金利負担の減少等の効果が期待できたのであるから、本件支出が同社の再建に何ら資するところがないとする原告の主張は採用できない。
そして、以上の点に、前記認定のとおり、同社が新得町及び同町民に対して直接、間接の利益をもたらす公益性のある存在であり、農業を基幹産業とし、とりわけそば産業が重要な位置を占めている同町にとっては、将来的には、一村一品運動のそば焼酎サホロの健全な発展が、ひいては、同町の産業、観光の振興に寄与し得るものであること、本件支出には、新得酒造公社の手形不渡り回避という緊急性もあること、当時の同町の予算の規模と本件支出金額との対比等を総合的に考慮すれば、新得酒造公社の存続ないし再建を目的として、公益上の必要性があるとして本件支出を決定したことが、その政策判断の当否は格別、被告の裁量権の逸脱ないし濫用に当たるとまではいえないというべきである。
四 よって、本件支出は地方自治法二三二条の二の規定に違反する違法なものとはいえず、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 阿部正幸 裁判官 竹田光広 瀬川裕香子)